亀岡市は旧丹波国の最南端に位置し、山城国・摂津国の境目となる。
旧丹波国の中では人口は最多であり、旧丹波国内の中心都市であった。
戦国時代末期に明智光秀が丹波亀山城と城下町を築いたことが近代亀岡の礎となった。
しかし、現在では京都・大阪の衛星都市の側面を持つようになった。
なお、南丹市と船井郡京丹波町と併せて口丹波や口丹、南丹と称することもある。
亀岡市は、亀岡盆地及び周辺山地を中心に位置している。
亀岡盆地のほぼ中央を大堰川・保津川(桂川)が流れる。
周辺山地には丹波高地等が亀岡市域に迫り出しており、
山間部には東別院町・本梅町・畑野町等の地区があり、桂川水系ではない。
亀岡盆地は太古は大きな湖であり、風が吹くと美しい丹色の波が立ったところから、
このあたりを丹のうみ・丹波と呼ぶようになったとされており、
出雲神話で有名な大国主命が亀岡と嵐山の間にある渓谷を切り開いて水を流し土地を干拓して、
切り開いた渓谷を妻神「三穂津姫命」の名前にちなみ保津川・保津峡と名付けたという伝説も残っており、
出雲大神宮(千歳町)の祭神となっている。事実、湖だったことを示す地層も明らかになっている。